この数ヶ月忙しくしています。とある学校で英語の講師もしはじめたので、発達支援のお仕事もしながら、毎日があっという間に過ぎていきます。
学校の先生はニュースなどで取り上げられているように、本当にお茶も飲む暇もない仕事です。私も学校でお仕事をする日は必ずお昼ご飯は食べられません…。教材やテストの準備から授業、宿題のチェック、印刷、生徒指導など雑務であふれています。
みんなが安心して暮らせるクラスにしていい授業にするには、私はやはりルールを徹底するしかないと思っています。ルールが曖昧だったり、教員の対応がブレていると、特に発達障害の子は混乱したり、自分勝手にいいようにねじ曲げて解釈したりして、クラスが崩壊していきます。何を言われようとも決めたルールを徹底して守らせることにより、立て直していくしかないのです。
私の授業は分刻みで計算されたスケジュールで動いていきます。その日のスケジュールも必ず前に提示しますが、中高の先生はそれをしない人が多いです。また、私は一つの活動が長くならないよう意識しています。(生徒に「先生はまるでユーチューバーみたいだ」と言われます。)いかに飽きさせないかが発達障害のある子どもには大切だからです。そして、「書く」活動も必ず入れます。もちろん板書の量は抑え、「ここだけ書きなさい。」と負担にならないよう範囲も指定します。ADHDの生徒も書く活動の時は静かに集中してくれます。もちろん英語ですから、ペア活動でチャットをさせたり、グループで活動させることもします。英語が得意な子が早く課題を済ませて時間を持て余していたら、スモールティーチャーとして他の子を助けてもらったりします。
それでも気がつくとボーッとしている生徒が必ずいます。常にテンポがズレてしまう子です。しかも、「先生、何しよるん?」とふてぶてしい感じ?!で聞いてきます。「こんな時は申し訳なさそうにするもんだ」と、SSTまでしなくてはなりません。宿題や小テストについて何か指示を出した時に、メモをするように促すと、「めんどくさい」「どうせ字が汚くて自分でも読めないからいい」「メモを取ったことを忘れるからいい」と言う生徒も結構います。これが小学生低学年なら代わりにメモを書いてやって、忘れないように構造化して、こうするんだよとモデリングさせてもいいのですが、中学生になるともう正直手遅れ感を感じずにはいられません。認知の歪みが強まっていて、それをどうにかするのはもうしんどいなと思わせられます。
私の支援の根本は「自立」です。目先の勉強などにとらわれても意味がないと思うのです。どれだけ学習の支援をしてあげても、感じよく周りの人に質問できなかったり、わからないことすらわかっていなかったり、忘れっぽい自分を自覚してメモを取る習慣などを身につけていなければ、全てが台無しだと思うのです。どうか保護者の皆様には、ご自宅でそこから支援してあげてほしいと切に願います。そうすることは、学校の先生との良好な関係を築くのにも役立ちます。
ちなみに私は、小学校低学年の頃から先生がその場で急に出された指示、急な予定の変更など、メモするよう指導しています。付箋をペンケースに入れておいて、すぐにそれにメモさせます。それでも取りこぼしていることは多く、自宅に帰ってきて、「どうするんだっけ?」みたいなことももちろんあります。その場合は自分で学校の先生に電話をさせます。電話をさせる前にどう話すか練習をしてメモを用意させてから、電話をさせるのです。小学校3年生なら自分でメモや電話ができるようになります。中高になると教科担任制ですので、親が把握するにも限界があります。早くから練習させておく方がいいでしょう。紙にメモを取ることが苦手なら、スマホやタブレットに取る、写真に撮る、録音をするなどの方法、メモしたこと自体忘れるなら、何らかのリマインダーを使うなどがありますが、まずは「自分でメモを取らなくちゃ!」という意識を持たせることが第1歩です。周りの人だって自分に余裕がないと、ましてや相手がふてぶてしい態度だと、支援したいという気持ちになりません。ちなみにこのような便利なペンもあります。
「エコー スマートペン」
https://pen.gakken.jp/index.html
中には、お子さんの代わりに全てご自分が先生に連絡を取って、必要なことを確認される保護者もいます。お子さんが中学生でも代わりに電話で、「うちの子は何か宿題やテストの直しで出ていないものはないでしょうか。教えてください。」と言うのです。それも支援かもしれませんが、本人に直接聞かせる方が、そしてメモを取らせる方が、将来の自立につながる支援となるのではないかと思うのです。自立への練習の機会を奪うことなく、やらせてあげて欲しいのです。本当は自分でできることも、間違った支援のしすぎでできなくしているケースも多いと思います。障害の特性で本当に難しいことと、単に嫌だからしないこととの見分けがついていないことはないでしょうか。
私が学校で繰り返し言うことは「提出物が遅れたら、遅れてすみませんと申し訳なさそうに言おうよ」「すみません、聞いていなかったのでもう一度言ってもらえますかと自分で聞こうよ」「分かっているかどうかすら自分でわからないなら、とにかく《〜で良いでしょうか?》と確認しようよ」「忘れるからすぐにメモする習慣を!」「《困っているようだから手伝ってあげよう》と思ってもらえる人になってよ」…などです。それができるようになってくれると、学校現場もだいぶ雑務が減るような気がします…。
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